不穏な空気のヨ-ロッパに思うこと 



1月7日、世界中を震撼させたパリの新聞社襲撃事件。
戦後70年を迎える2015年だが、ヨーロッパはショッキングなテロ事件で幕開けとなってしまいまった。。
まず、犠牲となった17人の市民とそのご家族を思うと、胸が張り裂けそうになる。ご冥福をお祈りします。
ちょうど事件が発生したとの一報がはいったころ、私は職場にいた。
しばらくすると、同僚達がパリへ行くことになり、私は職場で通信社などからの情報収集におわれることに。刻一刻と入るあらたな情報をドキドキしながら同僚へ送っていた。
あの日からずっと思苦しい気持ちをひきずっている。さまざまなことを考えさせられた。

現在欧州にはイスラム過激思想に共鳴してイラクやシリアに渡ったイスラム過激派が3000人いるらしい。そのうち1000人ほどはEU内に戻ってきているといわれている。
EUは潜在的なテロの脅威にさらされているのだ。
ドイツ国内にも多くのイスラム教徒の人たちが暮らしているが、フランスは植民地をもっていた歴史からドイツよりも多くのイスラム教徒が住んでいる。しかし問題は過激なイスラム原理主義者で、ヨ-ロッパ中に潜んでいるのだ。
フランスはイスラム国に対しイラクでの空爆にも参加していることもあって、テロの標的国になりやすかったのだと思う。
ただ、ドイツもイラクでイスラム国に攻撃されているクルド人達に兵器支援を行っているので、間接的にイスラム国への攻撃を支援していることになる。
そのため、ドイツがテロの標的になることは十分に考えられることだ。
事実、9.11.のテロの際に実行犯の一人、モハメド・アタは、ハンブルグの大学で勉強していた優秀な学生だったことからも、過去実際にドイツでテロリストが密かにテロ計画を行っていたのだ。

先日新たにベルギ-で武装したイスラム過激派が警官と銃撃戦となった。
警察官殺害する計画を具体的に行ったらしい。
またベルリンでもシリアへ渡る計画をしていたイスラム過激派が拘束されたらしい。
こちらはドイツ国内での具体的なテロ計画は確認されていないものの、海外の秘密警察情報によると、ドイツ国内ではベルリンの中央駅とドレスデンでのテロが計画されている恐れがあるとのこと。
ベルリンの中央駅といえば、私がベルリンに出勤する際には、朝晩利用する駅だ。
なんとなく不安がよぎる。。


ドレスデンといえば、昨年10月ごろから、反イスラム化を訴える市民団体、PEGIDAが毎週月曜日にデモを行っている。パリでのテロ事件後は、益々増え、3万人に膨れ上がったようだ。反イスラム化運動に拍車がかかってしまった。

しかしここで混同してはいけないのは、イスラム教徒とテロリストだ。ドイツに住むイスラム教徒は大多数が平和的に暮らしている。中には過激思想に傾いているサラフィストなどが存在することは否めないが、一部なのだ。
今回のテロ事件も善良なイスラム教徒にとっては迷惑な話だ。
しかし今ドレスデンで行われているPEGIDAによる反イスラムデモは、これらを混同している。
外見はイスラム教徒への脅威を訴えている市民団体だが、ドイツのメディア情報によると、中身はほとんど極右の人々とのことだ。
そのデモに参加する人々がどんどん膨れ上がっていることに、大変な危機感を感じる。
そもそも西側に比べると、ドレスデンなどの旧東ドイツにはイスラム教徒の数はずっと少ないのだ。
ところが、ある調査によると、PEGIDAの参加者の動機は、むしろ反イスラムが直接な要因ではなく、ドイツの現在の政治に不満どいうことが直接要因ということがわかったらしい。不満の矛先をイスラム教徒に向けているということなのかもしれない。


私の住むライプチヒでも、先日多くの団体によるデモが行われた。
ライプチのPEGIDAであるLEGIDAのデモとそれに反対するデモだ。
その日、ライプチヒの秩序庁が町の混乱を避けるために、LEGIDAに対してデモの際にモハメッドの風刺画を掲げることを禁じたということが明らかになった。
それを知ったドイツジャ-ナリスト連盟が猛抗議。
結局ライプチヒ市長がモハメッド風刺画の禁止を取り下げたのだった。
表現の自由を勝ち取った。

最後に、今回パリのテロ事件で問題となったモハメッドの風刺画について思うことがある。表現の自由、言論の自由は、民主主義社会においては侵されてはいけない基本的人権であることは言うまでもない。民主主義が成熟しているヨ-ロッパ諸国ではそれが侵されることに非常に敏感だ。
なので風刺画で社会を風刺する、皮肉る行為はなんら不正なものではなく、そのために無残に殺害されることは、断じて許されない。表現の自由を、民主主義をテロという蛮行で踏みにじることは、決して許されないことだ。
ただそれとは別に、モハメッドの偶像崇拝が禁止されているイスラム教徒にとっては、まさにこのモハメッドの絵そのものが問題で、敬虔なイスラム教徒にとっては不快なものであることは確かだ。とりわけ宗教上のタブ-を侵されることは、彼らにとっては非常に苦しいことに違いない。
宗教が生活にあまり密接していない日本人の宗教感の私には、実感はないものの十分に想像はできる。
また、小さい頃から日本では家庭でも学校でも教えられてきた、「他人に迷惑をかけない。」「他の人がどう思うか考えなさい。」という道徳。
ヨ-ロッパではこの道徳が欠けてはいないだろうか。
さまざまな文化圏の人々が共存するヨ-ロッパでは、そうした配慮がもう少しは必要なのではないだろうか。
他人が嫌がること、しかも宗教上のタブ-に触れることには、いくら表現の自由があるといえども、配慮する気持ちがあれば、少しは摩擦が軽減される可能性があるように思う。


ご訪問いただきありがとうございました。
よければいずれかポチッとお願いします!
      ↓

Kommentare:

Kommentar posten















Dieses Kommentar kann nur vom Blogautor gelesen werden.

Trackbacks:

この記事のTrackbacks URL
http://ryokoschae.blog.fc2.com/tb.php/711-5246d07a