2013年4月日本滞在: 祖母の法要 

4月7日(日)
祖母の13回忌の法要を行った。
今回の帰省の目的だ。
お坊さんが自宅に来られ、親戚も数名集まってくれた。
本来ならば命日の2日までに行うべきところ、私が仕事の都合でそれまでは帰りずらかったので、少し延ばしてもらったのだった。
お坊さんからも承諾を得ていたのでよかった。

お経をあげてもらっている間、私は大好きだった祖母のことを思い出していた。


祖母が亡くなる直前、知らせを受けた私はすでにベルリンに住んでいた。
もう食事も摂れないし、血圧も40というから主治医の話ではあと数時間の命だと。
私は急いで空港に行き、翌朝のフライトを確保したものの、お葬式に間に合えばよいほうだと思っていた。
ところが、そんな低い血圧で意識レベルもかなり低下していたにもかかわらず、祖母は私が実家に到着するまで、旅立つのを待っていてくれたのだった。
その夜私は祖母の横で、手を握りながら夜中の1時ごろまで見守っていた。
祖母は驚くほど大きな声で、何かしきりに話していたが、何を言ってるのかは、残念ながらよくわからなかった。
多分、「遠くから帰ってきてくれて、ありがとうな。待っとったんやで。」って言ってたんじゃないかと思っている。
1時ごろ母と交代して私は仮眠をとった。
そしてその4時間後、祖母はとうとう天国へと旅立って行った。。
今の時代、病院ではなく、自分の部屋で亡くなれる人はそういないだろう。
その点、祖母はラッキーだったかもしれない。
そして、私が帰ってくるのを待っていてくれた祖母の最後の大きな愛を感じたものだった。


法要のあと、皆で昼食に出かけた。
駅まであるいていくと、風が強いため、海上は白波がいたるところで立っている。
しかし空気は驚くほど澄み切っていた。



ローカル戦で3駅ほど行ったとこにある、小さな懐石料理のお店に行った。
時々祖母の思い出話しながら、美味しい食事とお酒で楽しい時間を過ごした。

旬の素材を使った日本食。
例えばホタルイカとタケノコ和え物など。



生まれた時から一緒に住み、祖母にたいそう可愛がられて育った私にとって、祖母は大きな存在だった。
今でも祖母との思いでは脳裏にしっかりと焼き付いており、私の心の中でずっと生きている。

おばあちゃん、ありがとう。


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